ケミトックス信頼性評価技術レポート(Vol.1)

 
株式会社ケミトックス
〒145-0064 東京都大田区上池台1-14-18
TEL : 03(3727)7111 FAX : 03(3728)1710
  2021年10月4日
ケミトックス信頼性評価技術レポート(Vol.1)
プリント配線板・パワーデバイスのマイグレーション試験(No.1)
イオンマイグレーション試験の原理、測定条件の決め方、結果の見方
1. はじめに
イオンマイグレーション試験は、プリント配線板の信頼性評価方法の代表格である。プリント配線板の構造と性能は、世の技術発展に呼応する形で、バージョンアップを繰り返してきた。近年では、自動車内部に代表されるような、高温や低温、多湿、あるいはその複合サイクルに曝される環境で使用されるため、非常に高い耐環境性を要求されている。また、高出力のパワーデバイスが搭載される場合には、パワーデバイス自体が著しく発熱するため、これを搭載するプリント配線板にも高い放熱性が望まれる。いずれの場合でも、高電圧を制御する状況で使用されるため、非常に高い耐電圧性が必須とされる。
これらの性能を評価するためのイオンマイグレーション試験の条件も、より厳しい方向に変遷してきた。中でも、高耐電圧性については、効率的なエネルギー運用、即ち省エネ技術の利活用の上では欠かすことのできない性能であり、その要求は年々目に見えて厳しくなっている。
弊社は、長年に亘ってプリント配線板の信頼性評価サービスを実施する中で、数多くのイオンマイグレーション試験事例を見てきた。表1に示すように、2007年からいち早く1,000V級の高電圧イオンマイグレーション試験サービスを展開している。2020年代に入り、1,000V級の試験電圧を使用するイオンマイグレーション試験が急増してきている。そこで本2021年度、最大1,000V対応イオンマイグレーション試験装置を中心に、更なる設備増強を行った。これにより、国内でもトップクラスの試験能力を有するに至った。2022年度も、更なる設備増強を予定している。
この度の設備増強を契機として、プリント配線板のイオンマイグレーション試験の解説を皮切りに、イオンマイグレーション試験に関する技術情報を定期的に発信していく。イオンマイグレーション試験は、試験対象や評価目的によって呼称が違う(例:高温逆バイアス試験、V-t試験等)が、試験原理は同一の試験が数多く存在する。従って、イオンマイグレーション試験の応用として、これら同類の試験の紹介も踏まえつつ、幅広く技術紹介をしていきたい。
本レポートにより、プリント配線板・パワーデバイス等電子部品の製造・品質管理に従事する方々に、弊社の技術サービスをより広く認知、活用頂くことを通じ、弊社の活動が世の技術発展の一助となれば誠に幸いである。

表1 ケミトックスのイオンマイグレーション試験設備導入の経緯

年度 導入設備スペック 保有ch数の推移
100Vまで 250Vまで 1000Vまで 3000Vまで
2003 最大試験電圧100V/64ch 64 256
最大試験電圧250V/256ch
2007 最大試験電圧1,000V/64ch 64 256 64
2018 最大試験電圧250V/64ch 64 320 64 8
最大試験電圧3,000V/8ch
2021 最大試験電圧250V/128ch 64 448 96 8
最大試験電圧1,000V/32ch
2022 最大試験電圧1,000V/64ch 64 448 160 8
2. イオンマイグレーション試験の概要
マイグレーション現象には、エレクトロケミカルマイグレーション(イオンマイグレーション)と、エレクトロマイグレーションの二種類が存在する。前者は、「導体回路間に印加された電圧により、絶縁体の表面、界面および内部を導体金属が溶解してイオン化し、移動、析出する」現象を指す[1]。後者は、「導体に流れる電流密度が増加することで、配線金属が電子の流れで押しやられ、粗密の層が形成され、粗の層で導体が断線する」現象を指す。語感が類似しているが、発生原理も発現する故障現象も異なるので、混同しないようにしたい。
プリント配線板の絶縁耐性に係るマイグレーション現象は、多くの場合エレクトロケミカルマイグレーションであるので、こちらを前提に解説する。なお、エレクトロマイグレーションの呼称が成立した際、区別のため、エレクトロケミカルマイグレーションをイオンマイグレーションと呼称するようになり、日本国内ではこちらの呼称が定着している。慣習に倣い、以降はイオンマイグレーションの語を使用する。
イオンマイグレーションで発生するイオン性析出物は、デンドライトと呼ばれ、プリント配線板の絶縁されていなければならない導体間を接続し、ショートさせてしまう。図1に示すように、陰極又は陽極で金属イオンが還元析出し、樹枝状生成物(デンドライト)として成長し、反応が進むと両極を接続するに至る。どちらの電極から成長が進むかは、諸条件に依存し、一概には言えない。
両極を接続したデンドライトには、接続と同時に電力が流れ、焼き切れるとされる。デンドライトが焼き切れると、ショートした両極間は絶縁性を回復する。しかしながら、一度デンドライトの発生した経路近辺はデンドライトが再形成されやすく、デンドライトの成長によるショートを繰り返す。この挙動を幾度も繰り返すことで、やがては回復不能な程に絶縁性が損なわれる。デンドライトの観察事例を図2に示す。あらゆる電子機器に搭載されるプリント配線板が、実際の使用環境において、イオンマイグレーション現象による故障の可能性を内包している。
図2 電極間のデンドライト観察事例
(左:光学顕微鏡像(低倍率)、中央:光学顕微鏡像(高倍率)、右:電子顕微鏡像)
イオンマイグレーション現象の進行原理である導体金属の溶解速度は、①電界強度(印加電圧に比例し、電極間距離に反比例する)、②温度、③湿度が大きい程加速される。昨今のプリント配線板が曝される高電圧、高温、高湿の要素は、いずれもイオンマイグレーション現象を加速させる要因になることが判る。特に高電圧制御下におけるプリント配線板のショートは、重大な事故に発展する可能性があるため、実使用環境よりも厳しい条件を用いて、耐イオンマイグレーション性を評価するケースが多い。
試験条件の設定において、②温度、③湿度については、40℃/90%RH、60℃/90%RH、 85℃/85%RHから選択することが、プリント配線板の環境試験方法を定めるJPCA規格に推奨されている[1]。弊社の実感としては、試験電圧に関わらず、現在は殆どのケースで85℃/85%RHが使用されている。
85℃/85%RHは劣化を加速する目的で使用される。図2に温度、湿度、水蒸気圧の対応表を示す。劣化を加速する上では、可能な限り高温、高湿に設定するのが妥当と考えられるが、温度100℃では水の沸点を前後するため、真空窯のような機構でもない限り、試験槽内で環境を安定させるのは難しく、プリント配線板に吸湿される水分が安定しない。また、湿度100%RHでは、サンプルの結露が発生しやすく、やはり安定な試験系とはならない。従って、100℃/100%RH未満で、適切な温湿度条件を模索する必要があった。
ここで、試験槽内の空気量という考え方が導入された。即ち、実用環境から乖離しないように、試験槽内に、少なくとも50%の空気量を確保することが望ましいと考えられたのである。即ち、大気圧を約1013hPaと仮定すると、分圧の観点から、約500hPaの水蒸気圧となるように温湿度を調整するのが望ましい。図2中に、空気量約50%となる水蒸気圧の範囲をラインで示す。このライン上の範囲で、最適と判断されたのが85℃/85%RHということになる。
表2 イオンマイグレーション試験の温度、湿度、水蒸気圧の対応表
①電界強度、即ち試験電圧については、JPCA規格では、最大でもDC100V以内で実施することを推奨している。しかし、高耐圧要求のプリント配線板に対しては、DC100Vでは不足とされることが多く、DC1000Vを適用するケースが増えている。

3. イオンマイグレーション試験設備
イオンマイグレーション試験には、温湿度を制御する恒温恒湿槽と、絶縁抵抗測定器を用いる(図3参照)。絶縁抵抗測定器については、JPCA規格上は、「試験電圧印加用の電源を内蔵し」、「1010Ω以上の絶縁抵抗値の測定を可能とする」ことが要求される。
図3 弊社のイオンマイグレーション試験設備
イオンマイグレーション試験を運用する立場として、ここに「絶縁抵抗値を継続的にモニタし、かつマイクロ秒レベルの時間分解能を有すること」を付け加える。イオンマイグレーション現象で発生するデンドライトは、成長によって両極間をショートし、ショート後即焼き切れ、再成長する挙動を繰り返す。この現象に対し、両極間の絶縁抵抗値は、マイクロ秒以下の瞬間的な減少と復帰を繰り返す挙動で同期する。瞬間的なイオンマイグレーション現象を捉えるには、上述の機能が必須である。弊社で所有する絶縁抵抗測定器は、マイグレーションテスタと呼称する、イオンマイグレーション試験の安定した実施と高精度のデータ取得に特化した装置を用いている。

4. イオンマイグレーション試験の結果
イオンマイグレーション試験の結果は、図4に示すものとなる。横軸を経過時間とし、縦軸に絶縁抵抗値をプロットする。3色のプロファイルは類似性能の3品番の結果をそれぞれ示している。いずれの品番でも、絶縁抵抗値が瞬間的に減少し、即時回復する挙動が見られる。これは、イオンマイグレーション現象の進行に伴う、デンドライトの成長による瞬間的なショートと、焼き切れを意味している。このような挙動を繰り返した後、絶縁抵抗値が回復できず消失するに至る。これは、デンドライトの成長による回復不能なショートに陥ったことを意味している。
このようなイオンマイグレーション現象の発生の頻度、発生する時間、あるいはショートに至ったタイミングの比較によって、サンプルの耐マイグレーション性を評価することができる。単にショートに至った時間さえ検出しておけば、最低限の耐マイグレーション性を評価するには十分とする向きもあるが、弊社の経験上、性能がほぼ同等であるサンプル間では、イオンマイグレーション現象の発生の頻度と発生する時間を以てしか比較できない場合が多い。精度の良い試験データを得るためには、やはりマイグレーションテスタを使用することが望ましい。

図4 イオンマイグレーション試験の例
5. おわりに
 イオンマイグレーション試験の概要について解説した。イオンマイグレーション試験で得られる結果は絶縁抵抗値の経過プロファイルが主であるが、そのプロファイルの挙動から、実際に試験中のプリント配線板の内部で、どのような現象が生じているかを推測することが重要である。サンプル表面への塵埃や水滴付着、結線外れ、サンプルの折れ等、テクニカルな点での不備も、絶縁抵抗プロファイルから読み取ることができる。これは、定期的な絶縁抵抗値の取得では不能であり、連続的な絶縁抵抗測定の利点である。
 今回はイオンマイグレーション試験の基本的な内容に留まったが、次回は「高電圧」のイオンマイグレーション試験の利活用事例の紹介を予定している。

[1] JPCA-ET01~ET09-2007 「プリント配線板環境試験方法」より引用。
[2] JIS C 60068-1-2016 「環境試験方法−電気・電子−第1部:通則及び指針」より引用。